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MANOとヨガとインドのこと

MANOのヨガのことをつらつらと書いています

ヨガを通して気づいた究極のシンプルとは

おはようございます。今日は満月です。

 

今日は朝からヨガを受けてきました。

背中と首の調子が悪かったので、すごく流れが良くなりました。

 

満月前後は特に体調が万全でないことが多い。

女性ホルモンと月の影響を私は受けやすいので

 

塞ぎ込みやすい

イライラしやすい

 

ヨガをするとすっきりします。

自分でするのと人のを受けるのは全く違う。やっぱりヨガを受けるの好きです。

 

さて、今日受けてきたのシヴァナンダヨガというヨガです。

今年5月にイタリアのお勉強のときにご一緒させていただいた先生がシヴァナンダヨガの先生をされています。

 

4ヶ月経ち、やっと初めて行かせていただくことができました。

 

シヴァナンダヨガについてはまた書くとして、

今日は私がヨガを通して ”究極のシンプル” てこと。

 

今年の5月、イタリアにドナという先生のヨガを学びに行きました。


前情報はほぼなし。

 

ただ、すごい人っていうのだけ聞いて、行ってしまった(笑)

私は行動力だけはあるので、ピンときたらGO! なのです。

 

でね、そこで衝撃を受けたのです。

一言でいうと、

 

ちょーシンプル

 

いるものはいる。

いらないものはいらない。

 

これがはっきりしている。

 

いるものに関しての執着心と突き詰める力、のめり込む力

そして、自分の中に入れ、それをまた研ぎ澄ます、削ぎ落とす。

 

ここでいうとヨガを安全に正しくpracticeすることに絞って考える

 

ドナのそのマニアックさがすさまじい。

 

解剖学や注目するポイント、気をつけることはいたってシンプル。

 

この気持ちいいくらいのシンプルさには出会ったことがありませんでした。

 

日本人かそうでないか、という違いももちろんあると思いますが、

そんなレベルじゃない。

 

ただただ圧倒。

 

授業の内容もですが、時間もそう。

 

朝  9:00〜12:30

昼 15:00〜16:30

 

普通ね、TT(ティーチャーズトレーニングと言われるヨガのトレーニング)で

この短い時間×7日間ってなかなかないです。

 

だいたい1日8時間とかです。

休憩は1時間。

 

それがこのスケジュール。

 

最初聞いた時は

え??ってなりました。

短くない??

 

でも実際受けてみると、これでいっぱいいっぱい。

これ以上あると噛み砕く時間も、復習の時間もない。むしろ足らない。

 

人間の集中力ってこんなもん。

ここまでお見通しなんだな。って感じました。

 

一つのことに集中して勉強する、練習する。

近年、日本人は資格文化が激しいこともあり、短期集中の勉強法が多いように思うのです。

 

私は着物の専門学校に行っていました。

着物業界でたとえば和裁士。

一人前になるまで最低10年

 

学校は2〜3年です。

7年は実務経験を積んではじめて一人前

というよりここでスタート地点に立てると言われました。

 

そのときのことを思い出したのです。

そして、今更本当の意味がわかってきた。


技術職だから

伝統文化だから

着物だから


って思ってた気がする。


短期間に集中して学ぶことの限界。

「誰から」「何を」学ぶのかの本当の意味での重要性。

 

自分に ”足りていないもの” を探すクセがある。

それは ”外から足すもの” で満たされると思っていた。

 

でも ”足りている” という認識のなかで、

自分自身が中から ”満たしていく” ことが本当は必要だった。

 

それが ”足りている” 状態をつくる。

 

私という人間の持てる限界

”外から得たもの” でのキャパはもう、いっぱいいっぱいなんだってことに気づいたのです。

 

”足りている” ことに気づけず ”足し続け” てきた。

 

”もっともっと突き詰める” そして ”削ぎ落とす” 

 

これには時間と集中力、そして無駄なことをしないというシンプルな生き方が 必要。


だって時間は有限だから。


ドナから学んだ ”シンプルさ” 


私の中に今年最初の爆弾が落ちた瞬間でした。

 

究極のシンプルとは

【一度すべてを取り込み、噛み砕き、そぎ落としたものにしか存在しない】

 

改めて今日これを思い出させていくれた、NORIKO先生に心から感謝。

私にとっては日本のドナです(笑)

 

MANOでした。

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